ブラ、フィジー諸島へようこそ

フィジーは、自由市場経済と良い統治を活用して、
親善ビジネスという新しい時代に乗り出しました。


フィジーは、南太平洋地域の中心部という戦略的な位置にありますので、地域市場および国際市場向けの先進技術商品製造の海上作業を立ち上げようとする投資家に対して、コスト競争力のある立地を提供します。フィジーは、今日では、先端技術型、知識ベース型、そして資本集約型諸産業によって急成長した輸出主導型経済となっています。

フィジーは、赤道と南極の間の太平洋の中心部にあり、グリニッジから東経174度と西経178度の間、南緯12度と22度の間に位置しています。フィジーの排他的経済水域(EEZ)には、およそ330の島が含まれ、その3分の1には住民がいます。フィジーは、南太平洋のおよそ130万平方キロメートルを占めます。フィジーの総陸地面積は、18,333平方キロメートルです。2つの主要な島 ― 10,429平方キロメートルのビティレブ島と5,535平方キロメートルのバヌアレブ島― が、あります。首都はスバであり、フィジーの2つの都市のうちの1つです。もう1つの都市はラウトカで、両方ともビティレブ島にあります

フィジーは、極端に暑くも寒くもない熱帯南海洋気候に恵まれています。島々はある一定のエリアに存在し、そこは時折熱帯低気圧の通り道となりますが、その大部分は毎年11月から4月まで間に限られます。すべての季節を通じて、フィジーに吹く風は、主に東から南東への貿易風です。しかしビティレブとバヌアレブの西側と東側では、日中のそよ風は海岸を横切って海から入ってきます。5月から10月までの涼しい時期の平均気温は摂氏22度(72°F)ですが、11月から4月までの間は、ひどい土砂降りもあり、気温はさらに高くなります。雨量はかなり変動しますが、平均雨量は沿岸地域より内陸地域に向かうほど次第に増加します。特に大きな島々の降雨は通常12月から4月にかけて増加しますが、5月から10月までの間では、とりわけ大きな島の西側と北側の乾燥地帯においてしばしば降雨不足となります。

2007年におけるフィジーの推定人口は、837,271人に達しました。総人口の内475,739人はフィジー人、313,798人はインド人、47,734人はその他でした。国勢調査の間隔期間の年間平均伸び率は、0.7%でした。

フィジーは、英国の植民地としてのほぼ1世紀後、1970年に独立しました。

フィジー憲法のもとに、大統領(国家元首)は伝統的フィジー社会の指導者による組織である社会指導者評議会によって、5年を任期として任命されます。つぎに、大統領は国会議員の中かkら首相(政府の長)と内閣を指名します。首相は、政府が法律を制定するために、下院の支持を得なければなりません。議会両院には、民族用の議席を若干確保しています。他の議席は、いかなる民族の人によっても使われます。下院は選挙によって選ばれ、上院議員は指名されます。

フィジーには、最高裁判所、最高裁判所、控訴裁判所、治安判事裁判所からなる司法制度があります。

中央、頭部、北部、西部という4つに分かれた行政機関があり、それぞれ、地区コミッショナーの管理下に置かれています。フィジー民族は、独自の行政機関を持ち、その地方議会が州、地区、村からなる階層を統轄しています。14の州議会は、フィジー民族に影響を及ぼすあらゆる問題を扱います。ロツナ島のためには、ロツナ島議会もあります。
フィジーは、伝統的にその主要な貿易相手国のオーストラリアおよびニュージーランドと親密な関係を持ってきました。フィジーは、中華人民共和国とインドを含む多くのアジア諸国と関係をより親密なものにしようとしてきました。

フィジーは、独立以来、南太平洋地域のリーダーです。フィジーは、他の多くの権威ある地域組織だけでなく、16カ国太平洋諸島フォーラムの事務局を担当しています。フィジーはその組織に活発に参加しています。国連平和維持へのフィジーの貢献は、国の規模としてはユニークで、およそ600人の兵士と警官を国連平和維持活動のために、主にイラクや中東シナイのMFOに派遣しています。フィジーには、イラクやクウェートで働く多くの民間人がいて、その大部分はセキュリティ・サービス部門であり、また、1500人以上の市民が英国陸軍に勤めています。